赤穂鉄道跡

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プロフィールマップ

GPSログ解析

開始日時2017/03/04 10:32:27終了日時2017/03/04 12:13:34
水平距離14.74km沿面距離14.77km
経過時間1時間41分07秒移動時間1時間25分18秒
全体平均速度8.71km/h移動平均速度10.33km/h
最高速度83.66km/h昇降量合計69m
総上昇量42m総下降量27m
最高高度28m最低高度11m

レポート概要

赤穂鉄道
1921年運転開始された。当初は千種川右岸を上郡へ、それと坂越から坂越港へ支線が計画されていたが、諸事情で(現在の)高尾地区で千種川渡り、千種川左岸を有年駅へ接続するルートに決定された。赤穂へ国鉄(当時)を、そして瀬戸内沿いに岡山方面へ・・・と要望もあって、1951年相生から赤穂に国鉄が完成。翌1951年、赤穂鉄道は30年間観光誘致と赤穂塩の輸送に多大な貢献を残し終焉を向かえた。
                                参考著書 『赤鉄のあゆみ』
                                        (昭和27年発行)

写真レポート

当時の赤穂駅付近

2017/03/04 10:35:27

当時の赤穂駅付近

赤穂市加里屋 現在は神姫バスの車庫になっているところが当時赤穂鉄道の赤穂駅がったそです。向かいには大きなスーパーがあり、想像しようにも全くできません。ここから「赤穂鉄道」跡を辿り「有年」に向かいます。



現在の赤穂線を渡る

2017/03/04 10:38:51

現在の赤穂線を渡る

国道250号線との三叉路交差点の向こうにJR赤穂線が走ります。廃線の一因ともなったこの赤穂線です。廃線辿りでこの赤穂線電車の通過待ちになるとは、奇妙な因縁なのだろうか。踏切の先の自動車道を右折して行きます。



桜並木の遊歩道なっている

2017/03/04 10:46:33

桜並木の遊歩道なっている

今は桜並木になって一か月後には綺麗な遊歩道となっていることでしょう。しかし当時は機関車が出す煙りや火の粉で時々山火事に見舞われたとか。



砂子駅跡

2017/03/04 10:50:21

砂子駅跡

いつの間にか舗装道になり、右側に「砂子駅跡」の標柱があります。北へ約五十mとあります?側面に ¨・・・停車場で乗客がある場合のみ列車が停車していた・・・¨とあります。案内標柱は¨停車場¨に統一しているのかも知れません。

しばらく行くと左山側に三宝荒神社が見える。



坂越駅跡

2017/03/04 11:15:04

坂越駅跡

Y字路を右へ行くと電柱横に「目坂駅跡」の標柱。この駅も乗客がある時のみ停車する停留所だったようです。 『ここから北の根木駅にかけて登坂になるため、しばしば列車がとまる』  というようなことが側面に書かれていました。因みに、地形図では根木駅までは1kmで約10mの登っています。



今にも落ちてきそう

2017/03/04 11:17:10

今にも落ちてきそう

「目坂駅跡」の先でひだりにカーブし、本来は山側へ行くのでしょうが、崖崩れのため通行禁止になっています。見ると、中腹に今にも落ちてきそうな岩が・・・。処置のしようがないのだろうか?
山陽自動車道をくぐり、通行禁止の部分を過ぎると左にトンネルがあります。この辺りに「根木駅」(停車場)があったそうです。
因みに、全線中に停車場は赤穂、坂越根木、眞殿、有年の5ケ所で、 停留所は砂、目坂、周世、富原の4ケ所だったそうです。



高尾橋

2017/03/04 11:25:34

高尾橋

千種川に当たります。正面の青い高尾橋と右への道があり、右側が鉄道跡です。



画像8

2017/03/04 11:27:16

画像8



橋柱跡?

2017/03/04 11:29:22

橋柱跡?

橋床が残されていました。丸い部分が鉄橋の柱の部分でしょうか?



周世駅付近

2017/03/04 11:32:04

周世駅付近

千種川を渡り、周世地区に入ります。道の両側に獣避け?か金網のフェンスが張ってあります。こういう風景は初めて見ました。その途中に「周世駅跡」があります。



快適な自転車道だが

2017/03/04 11:40:28

快適な自転車道だが

両側フェンスの道を抜けると千種川の左岸を「有年」へと走って行きます。誰にも出合わない、ただ一人後ろからロードバイクで追い越して行っただけです。自転車道としては快適でした。

(GPSの測位が不正確になっています)



眞殿の機関車給水給炭場跡

2017/03/04 11:42:52

眞殿の機関車給水給炭場跡

「眞殿駅跡」 ここは人の駅ではなく、機関車の給水や石炭の積み込み駅だったそうですが、石炭が何故ここで?



富原停留所跡

2017/03/04 11:51:16

富原停留所跡

最後の途中駅「富原」です。ここも乗客がある時だけ停車する停留所として設置された駅です。



2号線に出る

2017/03/04 12:05:10

2号線に出る

国道2号線に出るところですが、列車は100mほど先で国道に踏切があったと思われます。