奈良 太子道②

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ACTIVE LOG

プロフィールマップ

GPSログ解析

開始日時2019/05/22 09:13:14終了日時2019/05/22 12:32:39
水平距離12.66km沿面距離12.76km
経過時間3時間19分25秒移動時間3時間00分01秒
全体平均速度3.84km/h移動平均速度4.20km/h
最高速度7.27km/h昇降量合計109m
総上昇量48m総下降量61m
最高高度72m最低高度47m

レポート概要

早くも最高気温が30℃超の真夏日があちらこちらで聴かれるようになった今日この頃です。
そんな中、太子道2日目「法起寺」を目指します。

写真レポート

「太子道」案内道標

2019/05/22 09:17:12

「太子道」案内道標

9時10分近鉄黒田駅に着きスタートする。最初の左折点に写真のような道標がある。



「あざさの花」

2019/05/22 09:22:32

「あざさの花」

三宅町で「あざさ」の花が見られるかも?と、出合った地元の人に聞くと『この先の小さな公園で見られる』ということらしい。大きな水槽で育てられていた。『あざさの花』は20℃以上で開花し、午前中に見ることができ、午後にはしぼむと云われている幻の花とも云われてる。



屏風杵築神社の「おかげ参り」絵馬

2019/05/22 09:39:22

屏風杵築神社の「おかげ参り」絵馬

慶応4年(1868)に奉納された絵馬で、伊勢神宮おかげ参りの様子が描かれているらしいが、私がイメージしていた「おかげ参り」とは少々違っていて、同じ装束で整列している。「おかげ参り」の儀式のようなものだろうか?



屏風の清水

2019/05/22 09:41:25

屏風の清水

屏風杵築神社に”太子が従者の持っていた矢で地面を突くときれいな水が湧きだした”という伝説がある。弘法大師が杖で・・・はよく聞くが聖徳太子にもこういう伝説があった。



白山神社の太子像

2019/05/22 09:44:08

白山神社の太子像

杵築神社の前に小さな石造の白山神社があり、太子が愛馬の黒駒に跨る像がある。このような姿で飛鳥と斑鳩を通っておられたのか。



太子の「腰掛石」

2019/05/22 09:44:18

太子の「腰掛石」

白山神社の境内というのか広場と言っていいのかに太子が座って食事をしたと伝説されている「腰掛石」が残されている。




糸井神社の「太鼓踊り」絵馬

2019/05/22 09:53:21

糸井神社の「太鼓踊り」絵馬

天保13年(1842)に奉納された「太鼓踊り」絵馬。写真ではよくわからないが右の鳥居の横でスイカの切り売りやその他出店のような様子も描かれている。今でいう”盆踊り大会”かも知れない。



油掛け地蔵へ続く一本道

2019/05/22 10:10:30

油掛け地蔵へ続く一本道

糸井神社から寺川に沿って1km弱行き、寺川と離れ真っすぐ北へ「油掛け地蔵」へ向かう。今日はじめて両側に田園の広がる長閑な農道が続く。



油掛け地蔵

2019/05/22 10:19:32

油掛け地蔵

田圃の中にポツンと地蔵堂がある。油をかけ、汚して願掛けをすると願いが叶えられるという。



環濠住宅「中家」

2019/05/22 10:34:03

環濠住宅「中家」

油掛け地蔵堂から大和川を板屋ケ瀬橋を渡り、「中家」住宅へ行ってみる。「中家」は南北朝時代からの旧家で周囲に濠をめぐらしてある「環濠住宅」。「環濠集落」は先日、保津で出合ったが、個人宅でこのような広い環濠をもつとは相当な有力者だったのだろう。



かかし像

2019/05/22 10:43:38

かかし像

安堵町の田圃に立つ太子と村人?たちの案山子。



飽波神社の「腰掛け石」

2019/05/22 10:58:48

飽波神社の「腰掛け石」

ここにも「腰掛け石」があるのだが、なんと太子の案山子が・・・。石造ならともかく、これには興ざめしてしまった。



道標

2019/05/22 11:04:12

道標

安堵町上下水施設の角で草むらの中に自然石の道標を見つけた。『左 三井 松の  (右側は欠けて読めなかったが下部は) 矢た』?か。



太子道

2019/05/22 11:07:03

太子道

安堵保育園の横には、ここでもJR関西本線まで見事に筋違いが伸びている。



調子麿古墳?

2019/05/22 11:29:55

調子麿古墳?

黒駒を馴らし、太子の従者として飛鳥、斑鳩を通った「調子麿」。まったく荒れ放題になっている。



駒塚?

2019/05/22 11:34:11

駒塚?

太子の愛馬 黒駒の塚?小振りな前方後円墳ということだが、こちらも相当荒れている。先ほどの調子麿古墳と同様に信憑性に疑問もあるらしいが、整備をして「ロマンを持たせてほしい」思いもある。



法起寺

2019/05/22 11:52:14

法起寺

小墾田宮から直線距離で16km余り、実際に太子は愛馬の黒駒、従者の調子麿とどう通われたのか?わからないが、とにかく最終目的地の法起寺にたどり着いた。「法起寺」は聖徳太子妃、太子の長子らが住んでいた岡本宮跡とされ、太子の死後 太子の遺言で法起寺が建てられた とされている。