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開始日時 | 2012/04/12 09:37:25 | 終了日時 | 2012/04/12 14:54:04 |
水平距離 | 50.36km | 沿面距離 | 50.38km |
経過時間 | 5時間16分39秒 | 移動時間 | 4時間09分44秒 |
全体平均速度 | 9.55km/h | 移動平均速度 | 12.10km/h |
最高速度 | 39.79km/h | 昇降量合計 | 378m |
総上昇量 | 148m | 総下降量 | 230m |
最高高度 | 103m | 最低高度 | 7m |
2012/04/12 09:40:31
ここに車をデポして出発。
2012/04/12 09:53:27
ここが関宿の中心。あたりは古い街並みが残り、観光客も多い。
2012/04/12 09:57:58
関宿の東の外れにあり、ここで東海道と伊勢別街道が分かれる。
2012/04/12 10:07:32
満開の桜の中を通った。
2012/04/12 10:09:13
旧東海道へはこの陸橋で関西本線を渡る。他からは渡れないので注意。
2012/04/12 10:14:49
亀山宿の入口付近にある。現存する数少ない一里塚である。
2012/04/12 10:23:43
「江ヶ室交番前」交差点のすぐ東にある。
現在は商店街になっており、当時の面影はまったくない。案内板が立っているのみ。
そのすぐ東にも脇本陣跡がある。
2012/04/12 10:44:38
これは復元されたもので当時のものではない。
現在はちょっとした公園になっている。
2012/04/12 10:56:02
JR井田川駅のすぐ前にある。
現在は駐車場になっており、二宮金次郎像だけが残る。
2012/04/12 11:02:40
昔あった橋は取り壊され、下流側に新しい橋が架かっている。
よってここは少し迂回することになる。
2012/04/12 11:09:19
川俣神社の境内にある。
2012/04/12 11:15:21
県道を横断するのは危険であるため、南側の地下道を利用する。
R1を渡る場所にももう一つ地下道がある。
2012/04/12 11:25:10
現在は集会所になっている建物の前にある。
2012/04/12 11:39:20
加佐登町から鈴鹿川の堤防に入るが、この区間はダート。
2012/04/12 11:42:11
堤防を下りて、舗装された狭い農道を行く。
2012/04/12 11:44:40
川のそばに立っている。
2012/04/12 11:53:30
石薬師宿の古い街並みの中心にある。
現在も小澤姓の民家である。
2012/04/12 12:13:49
石薬師宿の外れに新しい東屋が建っている。
ここで昼食にした。
2012/04/12 12:18:05
この信号を斜め右に進む。
2012/04/12 12:26:29
R1から右斜めの道に入る。
この後、杖衝坂と呼ばれる急坂を下る。
2012/04/12 12:41:51
東海道と伊勢参宮道が分岐する交通の要衝である。
2012/04/12 12:58:01
近鉄四日市駅に近く、四日市の中心街。
ここからアーケード街に入る。
2012/04/12 13:05:42
黒川本陣があったとされる場所。
現在それを示す案内板などは何もない。
2012/04/12 13:06:45
筆頭格であった清水家本陣の正確な場所は戦災後の区画整理により不明となっているが、ほぼこの場所と推定されている。
「伊藤皮フ科」の斜め向かい、現在は駐車場になっている場所がそうである。
2012/04/12 13:15:13
このあたり見事な桜並木が続いている。
2012/04/12 13:27:39
ここにも立派な桜並木がある。
2012/04/12 13:53:38
やや上流側に新しく架けられたR1の町屋橋を渡るため、ここは少し迂回する。
2012/04/12 14:00:09
復元された鐘撞き櫓が建っている。
2012/04/12 14:09:42
桑名の旧市街は古い街並みが残る。
2012/04/12 14:12:44
ミニチュア化された東海道五十三次がある。
2012/04/12 14:31:41
江戸時代の東海道は、宮宿~桑名宿の間が七里の渡しと呼ばれる海路で結ばれていた。
したがって東海道はいったんここで途切れることになる。
2012/04/12 14:46:07
現在は船津屋という料亭になっている場所が大塚本陣跡である。
2012/04/12 14:53:06
ここからJRで輪行し、関駅まで戻った。