鎌刃城跡・松尾寺跡トレッキング(健脚向)

ブログ埋め込み用HTMLタグ

地図の幅: px      地図の高さ: px

タグ:

NEWTRACK001

プロフィールマップ

GPSログ解析

開始日時2016/11/06 07:00:00終了日時2016/11/06 20:00:00
水平距離127.02km沿面距離132.13km
経過時間13時間00分00秒移動時間13時間00分00秒
全体平均速度10.16km/h移動平均速度10.16km/h
最高速度19.66km/h昇降量合計2926m
総上昇量1453m総下降量1473m
最高高度650m最低高度-236m

写真レポート

JR草津駅

2016/11/06 07:43:32

JR草津駅

今から出発



JR醒ヶ井駅を出発

2016/11/06 09:22:20

JR醒ヶ井駅を出発

マイクロバス2台とワゴン車1台で総勢49名とスタッフ全員が出発。本日は会社のT社長ご夫妻と会社のKさんの奥さんが参加される予定であったが前日T社長がぎっくり腰で急遽キャンセルされた。気を取り直して出発。



C班も出発

2016/11/06 09:53:38

C班も出発

AからDまで班がわかれてそれぞれ、リーダー1名が先頭に立ち、しんがりに若いボランティアの方がサポートしてくれる。



バス下車

2016/11/06 09:53:49

バス下車

平地より約300m以上ところまでバスで運んでもらい、いよいよ、これから登山。



鹿よけのビニールテープ

2016/11/06 09:55:21

鹿よけのビニールテープ

樹木に青いビニールテープが巻かれている。鹿が樹皮を食べて枯らすのを予防するのだという。



鎌は条の看板

2016/11/06 09:59:31

鎌は条の看板

鎌刃城よりさきに青龍の滝に向かう



青龍の滝

2016/11/06 10:05:23

青龍の滝

谷底に降りて赤い鳥居越しに青龍の滝を望む。



鎌刃城跡

2016/11/06 10:31:57

鎌刃城跡

滋賀県米原市にあった山城。鈴鹿山系の霊仙山(標高1083m)の東尾根の支尾根の東端、中山道の番場宿を見下ろす位置に築かれていた城である。
城名の「鎌刃」の通り、切り立った尾根上にある城郭で、発掘調査により戦国時代には珍しい内桝形虎口跡が出土した城です。築城年代は定かではないが、鎌倉時代に箕浦庄の地頭であった土肥氏が居城として築いた城と伝えられている。その後、堀氏代々が居城とした。
戦国時代に入ると、この地は交通の要衝にあったことから、その領有をめぐって、京極氏や浅井氏と六角氏の争いが繰り返された。このため、中山道に沿って数多くの城が築かれたが、鎌刃城もその一つである。



鎌刃城の虎口

2016/11/06 10:32:59

鎌刃城の虎口

虎口内の石段を降りると主郭周囲の石垣が目に入る。主郭の周囲は総石垣でぐるっと囲まれており、この虎口(こぐち)が北側に大きく開けられている。



鎌刃城跡からみたびわ湖

2016/11/06 10:34:25

鎌刃城跡からみたびわ湖

鎌刃城跡からみたびわ湖。長浜まで見渡せる。



鎌刃城跡の展望台と虎口

2016/11/06 10:40:54

鎌刃城跡の展望台と虎口

鎌刃城跡の展望台と虎口。標高が384mで4つの堀切で固め。ともに7箇所の曲輪が配置されている。



鎌刃城跡

2016/11/06 10:41:38

鎌刃城跡

鎌刃城跡



リーダーの説明

2016/11/06 10:43:22

リーダーの説明

鎌刃城の由来、地域の境目の城のいきさつを聞く。



伊吹山

2016/11/06 10:44:40

伊吹山

鎌刃城跡からみた薬草の宝庫として、カルシウム台地として有名な伊吹山



枡形虎口の保存工事

2016/11/06 10:50:42

枡形虎口の保存工事

平成10年の発掘調査により枡形虎口の全貌が明らかになった。約5m90cm(3間)四方の規模であった。大手門に相当する。構造的にコの字状に3段の石段もしくは石垣を作り内部に礎石建ちの四脚門が建っていた。四脚門は間口3m90cm(2間)x奥行き2m90cm(1間半)です。大型の礎石があることと多量の鉄釘がでたことから大きな門であったことが推測される。
平成11年に保存工事をした



竜宮山(雨乞い山)

2016/11/06 11:50:57

竜宮山(雨乞い山)

昭和の初め頃まで番場の村では田植えができないほど日照りが続くと竜宮山で雨乞いをしました。西番場と東番場から若者3人づつがお神酒を瓢箪や青竹の筒に入れて登りました。お神酒をささげる8つの池と真ん中が龍の形の屏風の形をした3つの岩をあわせて八大竜王様といい、祈願しました。竜宮山から若者たちが帰ると神社境内で再び雨乞い歌に太鼓と鉦鼓に合わせて踊り祈願します。3日3晩祈願しても雨が降らない場合、竜宮山頂で火をたきます。その炎は長浜からも見え、番場の山に火が見えたらまもなく雨が降るといって安心した。



竜宮山からみた琵琶湖

2016/11/06 11:52:18

竜宮山からみた琵琶湖

竜宮山までは坂道が続きかなりしんどかった。昔の人は荷物を持って行き来したかと思うと苦労がしのばれる。



竜宮山山頂

2016/11/06 11:52:29

竜宮山山頂

竜宮山山頂



竜宮山山頂540m標識

2016/11/06 11:52:53

竜宮山山頂540m標識

竜宮山山頂540m標識。個々まで登るのに坂道が多く大分疲れた。



竜宮山山頂近くの鉄塔

2016/11/06 12:00:43

竜宮山山頂近くの鉄塔

西坂山のピークを越えると尾根は南に向きを変えます。次の鞍部にはこの送電鉄塔。こんな高いところにどのようにして材料を運んだのだろう。
ヘリコプターで運んだらしい。



大きな落葉樹

2016/11/06 12:14:32

大きな落葉樹

大きな落葉樹



松尾寺山砦と八葉山の看板

2016/11/06 12:45:45

松尾寺山砦と八葉山の看板

松尾寺山砦と八葉山(はちようざん)の看板



松尾寺跡

2016/11/06 12:58:39

松尾寺跡

松尾寺は現在はその拠点を醒ヶ井養鱒場の隣に里坊を移している。かってはその境内は広く霊仙山が一望できる松尾山の山腹にあり九重の石塔、本道跡や数多くの坊跡が残っている。寺伝によると天武天皇9年(680年)、役行者が修行に入ったのが始まりとされ、平安時代には伊吹山寺の創建にかかわった松尾童子が創建にかかあわったらしい。浅井亮政(長政の祖父)などの書状が残っており戦国時代にはこの地の有力武将とのつながりがあった。江戸時代には彦根藩により本堂が再建された。ご本尊は飛行観音とされ秘仏です。空中から雲に乗って飛来したとされ、現在は空を旅する人や航空関係者が安全祈願に訪れる。



大日如来〔石造)

2016/11/06 12:59:07

大日如来〔石造)

一本杉の袂の大日如来〔石造)



西坂の一本杉

2016/11/06 12:59:46

西坂の一本杉

根元から少し上で2本に分かれ二本杉に間違われることもある西坂の一本杉。麓に大日如来が祭られてある。



西坂参詣道の1本杉の案内板

2016/11/06 13:00:06

西坂参詣道の1本杉の案内板

参詣道の登りきったところの大日如来石仏のそばにある。周囲6mの杉の巨木。根元から少し上がったところから二股にわかれ行者の信仰の対象とされ巡拝途中の参拝場所。坂口参詣道にも1本杉がある



帽子をかぶった植木

2016/11/06 13:07:54

帽子をかぶった植木

蔵王大権現近くの植林地。鹿などの食害を防ぐために植木に布をかぶせてある。



蔵王大権現

2016/11/06 13:13:17

蔵王大権現

ここは大きな木に囲まれた蔵王大権現です。
本来、奈良吉野の金剛山寺の蔵王堂を本寺とし全国各地に祭られている。
この祠は信長の延暦寺焼き討ちの際、同じ天台宗の松尾寺に影響が及ぶのを恐れ寺宝を地中に埋めその上に祠を作って難を逃れようとした。



蔵王権現の像の案内板

2016/11/06 13:13:24

蔵王権現の像の案内板

蔵王権現の像容は密教の明王像と類似しており、激しい忿怒相で、怒髪天を衝き、右手と右脚を高く上げ、左手は腰に当てるのを通例とする。右手には三鈷杵を持ち左手は刀印を結び、左足は大地を力強く踏ん張って、右足は宙高く掲げられている



夫婦杉

2016/11/06 13:23:36

夫婦杉

千年ほど前、弘法大師が松尾寺に参詣され弁当を食べた箸を土に突き刺した。それが大きくなった。現在は2本のうち1本が生き残っている。



松尾寺跡寺伝の案内板

2016/11/06 13:44:21

松尾寺跡寺伝の案内板

松尾寺跡寺伝の案内板



松尾寺の寺伝

2016/11/06 13:45:24

松尾寺の寺伝

寺伝によると、松尾寺は白鳳九年(680)、修験道の開祖、役(えん)の行者(役の小角(おづぬ))が松尾寺山中(504m)で修行中、空中より飛来して来た二体の観音像を洞窟に祀ったことに始まります。神護景雲三年(769)僧宣教が建立した霊仙七ヵ寺の内、今日残存する唯一の寺院です。平安時代の山岳修行の風潮の中、伊吹山の三修上人の高弟、松尾童子が当寺の中興に力を注ぎ、その後山岳信仰の寺院として発展。一寺一院十八坊のお堂(伽藍)がありました。



九重石塔(遠景)

2016/11/06 13:46:45

九重石塔(遠景)

九重石塔(重要文化財)遠景



九重の塔(近景)

2016/11/06 13:48:02

九重の塔(近景)

神護景雲三年(769)宣教がこの地に七ヶ寺を建立したうちの一つ。平安時代、中国五台山に没した霊仙和尚も修行の地とした。
九重石塔(重要文化財、鎌倉時代中期 文永七年 1270年、花崗岩、高さ 506Cm) 。
塔身、舟形を彫りくぼめ 蓮華座上に顕教四仏を半肉彫りする(正面:薬師) 。
石塔は本堂跡 横に立っている 塔身、舟形を彫りくぼめ 蓮華座上に顕教四仏を半肉彫りする(弥勒)
基礎三面は輪郭を巻き、中央に格狭間、両側に宝瓶に挿した三茎蓮を刻み、塔身の四方仏に対する供花とする。



松尾寺跡九重の石塔近くの宝塔

2016/11/06 13:49:33

松尾寺跡九重の石塔近くの宝塔

松尾寺跡九重の石塔近くの宝塔
松尾寺で最も貴重なものがこの九重塔で、1270年の刻銘がある鎌倉時代のものだそうです。
国の重要文化財に指定された石塔です



石造九重の塔の説明板

2016/11/06 13:50:54

石造九重の塔の説明板

花崗岩製。高さ5.1m。
基礎の背面右側には「願主法師知(如か)覚」
左側に「文永七康午年(1270年)八月日」の銘がある。



松尾山寺の歴史

2016/11/06 14:39:02

松尾山寺の歴史

松尾寺山は役の行者が開いたとされ、奈良中期には創立した霊仙7カ寺のひとつとして松尾寺が建てられた。平安前期には松尾童子が寺の興隆に力を注ぎ山岳信仰の霊地として江戸中期まで栄え50坊に達した。
松尾寺にはご本尊飛行観音、影向石、役の行者の斧割水、鐘いり場、一本橋、ハサミ岩、夫婦杉の7不思議が伝えられる。
鎌倉中期に建てられた石造九重塔は国の重要文化財に指定されている。



松尾寺の案内看板

2016/11/06 14:39:16

松尾寺の案内看板

松尾寺の案内看板



米原駅の蒸気機関車

2016/11/06 15:34:29

米原駅の蒸気機関車

タイミングよく米原駅に着くや否や蒸気機関車が入ってきた。



JR米原駅

2016/11/06 15:34:42

JR米原駅

JR醒ヶ井駅から奥さんを迎えにこられたT社長に米原駅まで送っていただく。