② 西国巡礼道を走る。(2番紀三井寺~4番施福寺)

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20150920-201440(1)

プロフィールマップ

GPSログ解析

開始日時2015/09/20 08:16:45終了日時2015/09/20 17:25:21
水平距離88.00km沿面距離89.01km
経過時間9時間08分36秒移動時間6時間33分41秒
全体平均速度9.74km/h移動平均速度13.57km/h
最高速度46.91km/h昇降量合計2948m
総上昇量1519m総下降量1429m
最高高度671m最低高度-118m

レポート概要

観音霊場三十三所巡礼は、北は、北海道三十三所、津軽三十三所、奥州三十三所、秋田三十三所、西は中国三十三所、出雲三十三所、瀬戸内三十三所、備後西国三十三所などに及び、全国的に数多いが、最も早くから始まったのが、西国三十三所である。その他はすべて西国三十三所をなぞらえて(これを「写し」と云う)地方に出来たものであると云われている。
西国33箇所は日本では最も古くから散在する巡礼道だと云われている。
その起源は遠く奈良時代の徳道上人に始まり、平安時代の花山法皇が中興の祖とされている、平安末期には三井寺の行尊が、「観音霊場三十三所巡礼記」を記録していることから、この頃には巡礼信仰が固まってきていたとされる。

江戸期には主に関東からの人々が伊勢参り・熊野参りの後、西国33巡礼、をしていた様子で、関東方面にかえる道順にあたる谷汲山(岐阜県)を最後の巡歴地として、満願のお礼参りとして長野の善光寺を訪ねる風習ができたとされる。

世界的に有名なサンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼の記録は、951年のものが最古である。11世紀にはヨーロッパ中から多くの巡礼者が集まり、最盛期の12世紀には年間50万人を数えたとされる。

観音霊場三十三所巡礼もほぼ同時代に発生していて、通信手段など無かった当時にほぼ同時期にユーラシア大陸世界の東端と西端で相似形の巡礼が起きたことは世界史の不思議といえよう。

さてこの世界遺産に登録されれても良い(一部熊野詣での道として中辺路等が登録さているが)巡歴地をチャリで巡礼するのをミッシンとしてあげてみた。
往時の巡礼道の再現は難しい物があるので(道は生きていて時代により変更される)特定非営利活動法人西国古道ウォーキングサポート(http://www.saigokuws.com/chizu.html)に記載される道をトレースする事にした。

この特定非営利活動法人西国古道ウォーキングサポート(http://www.saigokuws.com/chizu.html)に記載される道は徒歩を前提にされた道ななので、チャリが通れない場所は迂回路を探して走破した。

可能な限り巡礼道を途切れさせずに走破する。(醍醐寺~岩間寺間は登山道に近く不可能であった)

自宅から遠くなると輪行をして移動した。(タクシーも含む)

以上点に留意してミッションを開始した、最初は観音霊場三十三所巡礼 那智山 青岸渡寺からはじめるべきなのだが、一番から二番への移動が200km以上あり泊まりでないといけないことから、第二番 紀三井山 金剛宝寺 (紀三井寺)から開始した、まあ楽しみは最後にとっておきましょう。

今回のミッション第二番 紀三井山 金剛宝寺 (紀三井寺)から第三番 風猛山 粉河寺を経て第四番 槇尾山 施福寺 (槇尾寺)への巡礼道は紀三井寺から粉河寺は平坦な紀ノ川の河岸段丘を走り、気持ちの良いサイクリングとなるが、粉河寺から
施福寺へは、和泉山脈の800m級の峠を越えて行くのでかなりこたえる。

おまけに徒歩で越える桧原越えがチャリでは無理なので、いったん越えて下った峠から徒歩で再度西国一難所と言われる施福寺まで徒歩で上り下りをするのでかなり体力を消耗した。

写真レポート

紀三井寺

2015/09/20 08:21:12

紀三井寺

紀三井寺(きみいでら)は、和歌山県和歌山市紀三井寺にある仏教寺院。正式名は紀三井山金剛宝寺護国院(きみいさん こんごうほうじ ごこくいん)。西国三十三所第2番札所。救世観音宗(ぐぜかんのんしゅう)総本山



紀三井寺の大観音

2015/09/20 08:32:41

紀三井寺の大観音

大千手観音像は、寄木立像としては日本最大で、高さは11m(足先から頭まで)である。金箔総漆塗り。
この日は撮影がOKでした。



紀三井寺本堂

2015/09/20 08:35:47

紀三井寺本堂

江戸時代、宝暦9年(1759年)の建立。観音堂とも称す。入母屋造本瓦葺き、柱間は正面側面とも五間で、千鳥破風を付し、正面には唐破風形・三間の向拝を設ける。虹梁形の貫を用い、頭貫に木鼻を付し、台輪を乗せ、組物は三手先詰組とするなど、細部には禅宗様が用いられている。秘仏本尊の十一面観音像、千手観音像などは、現在は裏手の大光明殿に移されている。高欄の擬宝珠金具は寛政元年(1789年)奉納のもの。西国三十三所札所として多くの巡礼者を迎え入れられるよう、外陣を開放とする



西国巡礼道

2015/09/20 09:08:12

西国巡礼道

三葛嶺(みかずらとうげ)(三昧道(さんまいみち)とも)。
土地の人たちが仏ゆかりの土地として「さんまい」と呼び合った霊地。
粉河寺への巡礼道として賑わった。



竈山神社

2015/09/20 09:24:40

竈山神社

和歌山市南部、竈山の地に鎮座する。「竈山」とは『古事記』『日本書紀』に見える地名で、両書では神武天皇(初代)長兄の彦五瀬命(五瀬命)が竈山に葬られたという。当社はその彦五瀬命の神霊を祀る神社であり、本殿の背後には彦五瀬命の墓と伝える竈山墓(かまやまのはか、宮内庁治定墓)がある。



紀ノ川を渡る。

2015/09/20 10:14:20

紀ノ川を渡る。

岩出は名のとおりかつて紀の川の両岸に奇岩が突き出た景勝の地で、慶安2年(1649)紀州徳川家初代藩主徳川頼宣が「厳出御殿」を築いた。(厳出御殿は宝暦14年(1764)に取り壊された)
この奇岩は、水害の原因となっていたので川幅を広げるため、昭和8年(1933)の河川改修によりすべて除去された



粉河寺近くの大和街道(巡礼道)

2015/09/20 10:42:10

粉河寺近くの大和街道(巡礼道)

大和街道は紀州街道が整備されるまでは参勤交代の道であると共に高野・西国の巡礼道でもあった。
最近交代が紀州街道へと変遷した後も巡礼道としての利用がされたようで、あちらこちらに道標がある。
この道標も右いせ・かうやと刻まれている。



大和街道ののどかな道をポタリング。

2015/09/20 10:50:16

大和街道ののどかな道をポタリング。

紀ノ川右岸の大和街道沿いはのどかな田園風景が広がっている、彼岸花が咲いた稲刈りの済んだ道をすすむ。



粉河の町並

2015/09/20 10:52:12

粉河の町並

和歌山市と橋本市のちょうど中間に位置する粉河町は西国三十三ヶ所第3札所・粉河寺の門前町として発展した町で、大和街道と根来街道の交差する交通の要衝でもありました。

橋本などのそうなのですが和歌山紀ノ川沿いの旧街道の町家は急速に無くなっていってます。



粉河寺大門

2015/09/20 10:57:26

粉河寺大門

和歌山県では、高野山・根来寺に次ぐ威容を誇る。宝永四年(一七〇六)総欅造り。金剛力士は仏師春日の作と云われています。

この日は天気がよく、たくさんの人たちが参拝しておりました。



粉河寺本堂

2015/09/20 11:06:38

粉河寺本堂

現存の当本堂は享保五年(一七二〇)に再建された。江戸時代中期の欅材による代表的建築で西国三十三ヶ所の中で最大である。



粉河寺庭園

2015/09/20 11:15:48

粉河寺庭園

本堂の前庭とその下の広場との高低差を処理する土留めとして、又、その広場から雄大な本堂を仰ぎ見る前景として築かれた石組みで、日本庭園の中でも先例のない様式である。



大和街道(高野街道との分枝)

2015/09/20 11:33:43

大和街道(高野街道との分枝)

西高野街道との辻にある常夜燈型道標と電柱の陰に立つ道標
常夜燈「右かうやみち、弘法大師永代常夜燈、左いせまきのを道」



旧名手宿本陣

2015/09/20 11:50:07

旧名手宿本陣

和歌山県紀の川市名手市場にある本陣跡。紀ノ川中流域の右岸にある河岸段丘上に所在。1630年(寛永7)から名手地域の大庄屋を務めた地士頭妹背(いもせ)家の邸宅。大和街道に面していたため参勤交代時の本陣として名手本陣と称され、華岡青洲夫人加恵の実家としても知られる。



国道480号線から東谷への分枝

2015/09/20 12:32:53

国道480号線から東谷への分枝

折登のバス停から東谷方面(堀越観音)へ道が分枝している。
この辺りから勾配がきつくなってくる。

このあたりはヒルクライムの聖地みたいになっていて多くのチャリダーがうろうろしている。



堀越観音への道。

2015/09/20 12:38:11

堀越観音への道。

はるか彼方の山上に目指す堀越観音がある。



きつい勾配

2015/09/20 13:05:07

きつい勾配

堀越観音までの3kmほどはすべてこんな急勾配です。

インナーにギアを落としても進めない(貧脚ですから)所もあり心臓はバクバクでした。



堀越観音

2015/09/20 13:40:29

堀越観音

堀越癪観音は癪の病にあらたかな霊験があるとして、遠く京阪神からの
参詣者が絶えない。
本尊は十一面観世音菩薩。当寺は、向井家が先祖代々祀っている
世襲寺であり、境内には、樹齢200年以上経過したと推定される県指
定の天然記念物の山茶花(さざんか)がある。



堀越観音(観音霊水)

2015/09/20 13:41:05

堀越観音(観音霊水)

折登バス停からここまで滝のような汗をかいて約45分かかりましたが、途中自動販売機がなくて、水分不足で太ももの筋肉が痙攣していました。

観音霊水を飲んで復活しました、冷たたくておいしい水でした。



蔵王峠

2015/09/20 14:00:17

蔵王峠

蔵王峠(ざおうとうげ)は、大阪府河内長野市と和歌山県伊都郡かつらぎ町との府県境にある峠。
堀越観音から下る道との合流点から50メーター程和歌山よりにある。



施福寺裏参道〔取り付き点)

2015/09/20 14:35:44

施福寺裏参道〔取り付き点)

蔵王峠を滝畑方面へ下り、府道61号線塩降隋道のトンネルをくくり合流する林道を更に山中に登ると施福寺への裏参道への取り付き点が現れる。



施福寺裏参道

2015/09/20 14:57:32

施福寺裏参道

この道を1km徒歩で約30分程度登る。
ところどころに丁石地蔵があって元気つけていただける。
かつては檜原越えで施福寺へ参った人が下山するのに使った事が多かった道だろう。



施福寺

2015/09/20 15:12:06

施福寺

施福寺(せふくじ)は、大阪府和泉市にある天台宗の仏教寺院。通称槇尾寺(まきおでら、まきのおでら)。山号は槇尾山(まきのおさん)。本尊は弥勒菩薩(札所本尊は千手観音)。槇尾山の山腹に位置する。西国三十三所第四番札所である。

空海が得度した寺である、この日は本堂内部が公開されていて普段は見ることができない仏像を見学できた。



施福寺

2015/09/20 15:16:32

施福寺



父鬼街道を走る。

2015/09/20 16:19:31

父鬼街道を走る。

父鬼街道を堺方面へ下る、古い町家があり街道の雰囲気が残る。

まあ獲り合えず家まで普通の国道を走っても面白くないので街道を走ってみました。



祭礼の真っ盛り。

2015/09/20 16:45:09

祭礼の真っ盛り。

泉州地区は祭礼の特異日(連休)であちこちでダンジリ・布団太鼓がおお忙しでした。

秋9月中旬から10月末頃までは祭礼三昧ですね。



祭礼真っ盛り。

2015/09/20 16:56:09

祭礼真っ盛り。

鳳のダンジリ・大工方がかっこいい。
すごい人手で5000人位はいたでしょう。