泉州・・大和・・国境の水越峠を越えて葛城の古道をポタッて見た。

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プロフィールマップ

GPSログ解析

開始日時2015/10/04 06:02:58終了日時2015/10/04 12:49:50
水平距離85.91km沿面距離86.73km
経過時間6時間46分52秒移動時間5時間23分21秒
全体平均速度12.79km/h移動平均速度16.09km/h
最高速度56.23km/h昇降量合計2091m
総上昇量1041m総下降量1050m
最高高度554m最低高度0m

写真レポート

花田口の道標

2015/10/04 06:12:43

花田口の道標

長尾街道の基点にあたる花田口には大きな道標がある。

左 妙国寺  右 住よし 大阪
安永六年四月

と刻まれる。



東高野街道と竹之内街道の分枝点

2015/10/04 06:19:33

東高野街道と竹之内街道の分枝点

かつての堺の町を出口を過ぎた辺りに東高野街道と竹之内街道の分枝点がある。
ここを竹之内街道方面へ左折してしばらく走ると富田林街道へと道が分かれる。



富田林街道でのPLの搭を眺める。

2015/10/04 07:02:07

富田林街道でのPLの搭を眺める。

竹之内街道から分かれた富田林街道を30分ほど進むと意外な速さで富田林へいたる。
ゴルフ場の横を進む『街道からPLの搭が良く見える。



森屋の集落を抜けて

2015/10/04 07:33:08

森屋の集落を抜けて

富田林街道は堺より御所方面への街道であったので、現在の国道309号線をほぼトレースしている。
水越峠を越える峠道の取り付き点付近に森屋の集落があり古い町家が残っている。



水越峠

2015/10/04 08:24:04

水越峠

関西ヒルクライムTTに拠ると、水越峠森屋交差点から画像の県境標識まで19分から28分までありましたが、貧脚な私は50分くらいかかっておりました。へへ

峠には水か筧で引かれいて冷えていて頭を洗いましたが、おそらく側溝の水なので飲用はやめたほうがいいでしょう。



祈りの滝

2015/10/04 08:35:33

祈りの滝

 修験道の開祖「役行者」が、葛城山へ修行にゆく途中、この滝で身を清め衆生済度の祈りをこめたとの伝承があります



祈りの滝水の水

2015/10/04 08:35:33

祈りの滝水の水

滝の横には地下」からくみ上げた水がありましたが、いろいろ注文が書いてある掲示板がありました。
気にせずがぶがぶ飲んでみましたが、なかなかに旨い水でありました。




葛城の棚田をながめつつダウンヒル。

2015/10/04 08:44:19

葛城の棚田をながめつつダウンヒル。

水越峠を越えると急勾配で奈良県側へとダウンヒルを楽しんだ、美しい棚田が広がる風景を眺めることができる。



葛城から金剛山を仰ぎ見る。

2015/10/04 08:56:38

葛城から金剛山を仰ぎ見る。

名柄の集落から金剛山を仰ぐ、黄金色になった稲穂と彼岸花が美しい。
日本人の心象風景だろうか。



葛城から越えてきた峠を仰ぎ見る。

2015/10/04 08:58:10

葛城から越えてきた峠を仰ぎ見る。

今しがた越えてきた峠を眺める・・・感慨深いものがある。



名柄の集落を走る古街道

2015/10/04 09:01:29

名柄の集落を走る古街道

名柄の集落の中を葛城古道と云われる古街道が貫いている。



葛城酒造

2015/10/04 09:02:57

葛城酒造

葛城は銘酒の産地でもある。
ここ葛城酒造の酒も櫛羅にある千代酒造もとてもフルーティーな日本酒を醸造している。

どちらも非常に旨い日本酒で甲乙つけがたい。



名柄の中村家

2015/10/04 09:03:32

名柄の中村家

慶長年間(1596~1615)建築の代官屋敷の建物で、この近辺では一番古い建物である。



郵便長柄館

2015/10/04 09:05:43

郵便長柄館

今から100年あまり前に登場した旧名柄郵便局は、疑洋風の外観と赤いポストや公衆電話など当時としてはモダンなものに囲まれた大正ロマン漂うおしゃれな空間でした。
 新局舎への移転(昭和50年)に伴い、役目を終えた局舎は2015年春、当時の郵便局がもっていた人と人との繋がりや出会いを大切に「郵便名柄館-郵便資料館&Tegami cafe-」として生まれ変わりました。



森脇の醤油蔵

2015/10/04 09:08:44

森脇の醤油蔵

関連リンク

御所市森脇の一言主神社一の鳥居の近くには古い醤油蔵が並ぶ。



葛城一言主神社

2015/10/04 09:14:36

葛城一言主神社

一言主神社は、願いを一言だけ聞いてくれる「いちごんさん」として地元の人から親しまれています。祭神は、古事記や日本書紀の中に見える事代主命です。
 雄略天皇が葛城山で狩をしている時、この神は天皇と同じ姿で現れ、天皇が「お前は何者だ」と問いかけたところ、「私は善事も悪事も一言で言い放つ神である」と申されました。天皇はひれ伏し、その後、共に狩を楽しみ、神は久米川(現曽我川)まで天皇を送って行ったという事です。しかし、続日本書紀によれば雄略天皇と狩の事でいさかいを起こし、四国の土佐に流されたという事です。土佐風土記によれば、その後許されて葛城の高宮付近に祀られたと記されています。



九品寺

2015/10/04 09:27:07

九品寺

九品寺は駒形大重神社のすぐ南にあり、聖武天皇の詔り(みことのり)によって奈良時代の僧、行基が開基したお寺です。



六地蔵石仏

2015/10/04 09:33:02

六地蔵石仏

御所市大字櫛羅の山麓沿いに鎮座する、鴨山口神社から旧道の坂道を、葛城山に向かって少し歩くと、集落のはずれに行く手を阻むように、大きな石がどっかりと腰をおろしています。この地域は古代から中世にかけて、兄川の出水等により、度々災害が発生し、伝承によれば、六地蔵が彫られた大きな石も、室町時代に土石流が発生し、現在の場所に流れ着いたと言われ、その大災害に対し、村人は仏教の六道をもって衆生を救うという、仏法の精神に照らし極楽浄土を願い、その頃に彫ったと思われます。



葛城古道を走る。

2015/10/04 09:35:28

葛城古道を走る。

葛城古道は大和朝廷が成立する以前の神話と古代王朝の足跡を辿る道でもある。日本人の心の琴線にふれるやさしい原風景の中を走る。



葛木坐火雷神社

2015/10/04 09:41:48

葛木坐火雷神社

通称笛吹神社。境内に日露戦争で政府から与えられたロシア製大砲が残る。



當麻寺山門

2015/10/04 10:20:51

當麻寺山門

當麻寺(たいまでら、常用漢字体:当麻寺)は、奈良県葛城市にある7世紀創建の寺院。法号は「禅林寺」。山号は「二上山」[1]。創建時の本尊は弥勒仏(金堂)であるが、現在信仰の中心となっているのは当麻曼荼羅(本堂)である。宗派は高野山真言宗と浄土宗の並立となっている。開基(創立者)は聖徳太子の異母弟・麻呂古王とされるが、草創については不明な点が多い。



当麻北墓五輪搭

2015/10/04 10:25:31

当麻北墓五輪搭

近畿地方最古の平安時代後期の大型五輪塔。

重要文化財の指定を受けている存在感のある石造物で當麻に来ると必ず訪れてしまう魅力がある。



太子道の地蔵磨崖仏

2015/10/04 10:42:08

太子道の地蔵磨崖仏

穴虫峠を越えて、太子町の叡福時に至る太子道にある地蔵磨崖仏です。



叡福寺

2015/10/04 11:05:23

叡福寺

この磯長山 叡福寺は、聖徳太子と、その二ヶ月前になくなられた太子の生母穴穂部間人(あなほべはしひと)皇后と、一日前(一説には同日)に亡くなられた太子夫人膳部大郎女とを葬ってある。いわゆる三骨一廟である。



誉田神社

2015/10/04 11:35:41

誉田神社

社伝では、欽明天皇の命により、応神天皇陵の前に社殿を建立したのに始まるとしており、そこから「日本最古の八幡宮」を称している。実際には、もっと後の八幡信仰が盛んになった時代に建立されたものとみられる。永承6年(1051年)、元の鎮座地から1丁(約100m)ほど南の現在地に遷座した。



葛井寺西門

2015/10/04 11:50:33

葛井寺西門

豊臣秀頼が寄進した四脚門は、桃山様式をよく伝える建造物として、国指定の重要文化財となっています。この門はもと南大門として建てられましたが、現在の西門の位置に移建されました。



雄略天皇陵

2015/10/04 11:58:10

雄略天皇陵

墳丘の直径は約76メートルで、幅約20メートルの濠がある。また、宮内庁や羽曳野市教育委員会が行った周辺の発掘調査によって埴輪が数点出土したが、この古墳のものかは不明である。

江戸時代に大幅な改築が行われていたそうだ。



長岡街道を西進する。

2015/10/04 12:09:52

長岡街道を西進する。

泉州を東西に貫く長尾街道を進む。



妙国寺前の道標

2015/10/04 12:39:38

妙国寺前の道標

(上)「左ふじ、右そてつ」の古い石の道標(嘉永五年の銘あり)。

ここで終点とした。