⑤ 西国巡礼道を走る。(10番三室戸寺~11番醍醐寺)

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Holux2015/10/17_07:24

プロフィールマップ

GPSログ解析

開始日時2015/10/17 07:24:11終了日時2015/10/17 19:16:44
水平距離113.82km沿面距離114.57km
経過時間11時間52分37秒移動時間7時間30分27秒
全体平均速度9.65km/h移動平均速度15.26km/h
最高速度53.34km/h昇降量合計4619m
総上昇量2260m総下降量2359m
最高高度176m最低高度-19m

レポート概要

今回のミッシンは前回訪問した 第九番 興福寺 南円堂から第十番 明星山 三室戸寺を経て第十一番 深雪山 上醍醐へといたる巡礼道を走る。

行きは近鉄奈良駅まで輪行でいく。奈良・京都間は古くから道が開けていたはずですが、開発もまた受けていて巡礼道の面影を探すのは苦労する。

経路上には奈良・宇治・京都があり名所・旧跡は数限りなくなるので、そちらもたのしみたい。

写真レポート

般若寺

2015/10/17 07:33:45

般若寺

西国9番興福寺南円堂を出て、10分ほど走ると般若寺へといたる。

般若寺は東大寺大仏殿や正倉院の北方、奈良坂と呼ばれる登り坂を登りきった地点に位置する。般若寺門前を南北に通る道は「京街道」と呼ばれ、大和(奈良県)と山城(京都府)を結ぶ、古代以来重要な道であった。この道はまた、平城京の東端を南北に通っていた東七坊大路(東大寺と興福寺の境をなす)の延長でもある。
コスモス寺の名で知られる。

奈良坂の高札場跡

2015/10/17 07:36:44

奈良坂の高札場跡

奈良豆比古神社前の道路に面して、「高札場(こうさつば)」が復元されていす。
江戸時代に奉行所からのお達しを知らしめるための掲示板のようなもので、交通の要所であったここ奈良坂村を含め、奈良周辺に14ヶ所あったそうです。

木津川を渡る(泉大橋・日本百名橋)

2015/10/17 07:55:40

木津川を渡る(泉大橋・日本百名橋)

かつて木津川は、泉河とも呼ばれていた。 今日の泉大橋は、1951年に架けられた長さ383.6メートルのカンチレバー(ゲルバー)式トラス橋である。西側には、歩行者・自転車用の橋が隣接し、東側ではJR奈良線の鉄道橋がのぞめる。

宇治橋を渡る(日本三古橋)

2015/10/17 09:03:06

宇治橋を渡る(日本三古橋)

「瀬田の唐橋」と「山崎橋」と共に、日本三古橋の一つに数えられる。

宇治もすごい観光客で朝から大勢の人たちが散策していました、早々に退散する。

三室戸寺

2015/10/17 09:10:30

三室戸寺

三室戸寺(みむろとじ)[1] は、京都府宇治市にある寺院。山号は明星山。本尊は千手観音。西国三十三所第10番札所。本山修験宗の別格本山。

入り口はこじんまりしていて、チャリは入り口のカラーコーンの所に止めなければならない。

三室戸寺山門

2015/10/17 09:17:20

三室戸寺山門

山門は近年建てられた様子でした。

西国観音霊場十番の札所で、本山修験宗の別格本山です。 約1200年前(宝亀元年)、光仁天皇の勅願により、三室戸寺の奥、岩淵より出現された千手観音菩薩を御本尊として創建されました。

開創以来、天皇・貴族の崇拝を集め、堂塔伽藍が整い、霊像の霊験を求める庶民の参詣で賑わうこととなりました。宝蔵庫には平安の昔を偲ぶ五体の重要文化財の仏像が安置されております。

現在の本堂は約180年前(文化二年)に建立された重層入母屋造りの重厚な建築で、その背景には室町時代の十八神社社殿、東には鐘楼・三重塔があります。

三室戸寺本堂

2015/10/17 09:23:02

三室戸寺本堂

文化11年(1814年)に再建された重層入母屋造の重厚な建物で、秘仏の千手観音立像が安置されている。

5千坪の大庭園に四季おりおりの花が見られるので、一名『花の寺』とも言われています。 4月下旬?5月上旬の『つつじ園』には、20000株の平戸ツツジ、霧島ツツジ、久留米ツツジ等が咲き誇り、その規模は関西屈指のもので『ツツジ寺』と呼ばれています。

6月には『アジサイ園』に50種・10000株の西洋アジサイ、額あじさい、柏葉アジサイ、幻の紫陽花・七段花等が咲き乱れ、『あじさい寺』とも称されています。

本堂前の『蓮(ハス)園』には、250鉢の色とりどりの蓮(はす)が咲き、有名な大賀ハス、古代バスなど100種が6月下旬より8月上旬にかけて咲き、さながらその光景は極楽浄土のようで、『蓮(ハス)の寺』とも言われます。

三室戸寺秋の気配

2015/10/17 09:32:04

三室戸寺秋の気配

花の寺として(アジサイ)有名なお寺ですが、やや紅葉が始まっていました。

醍醐寺へ向かう古街道

2015/10/17 09:44:09

醍醐寺へ向かう古街道

奈良京都は共にふるい町であるので四方八方に道が出ていて街道脇には古い道標があった。

醍醐寺

2015/10/17 10:12:40

醍醐寺

醍醐寺は醍醐山上と山麓に分かれている。山上にある寺を一般に「上醍醐寺」、山麓にある寺を「醍醐寺」(「下醍醐寺」ということもあるようである)と称するようであるが、山上と山麓、両方あわせて「醍醐寺」というのが正しい。

醍醐『寺唐門(国宝)

2015/10/17 10:20:27

醍醐『寺唐門(国宝)

唐門は朝廷からの使者を迎える時にこの扉を開けたとされている門で、中央部の扉には桐、扉の両側には12個の花弁を有する菊の花を配している。この門は慶長4年(1599年)に建造され、以後、2回移築されているという。「唐門」は国宝に指定されている。

 この「唐門」は平成22年7月に往時の姿に修復された

醍醐寺西大門

2015/10/17 10:22:15

醍醐寺西大門

 「西大門」は通称「仁王門」といわれている。慶長10年(1605年)に再建されたもので、門に安置されている仁王像は仏師勢増・仁増の作とされている。

醍醐寺金剛力士像(重文)

2015/10/17 10:23:00

醍醐寺金剛力士像(重文)

仁王門の金剛力士像は、上述の通り桃山時代の仁王門内に安置されているが、像は古く、平安時代後期の作。

像内に修理銘があり、それによると1134年の造立とわかる。醍醐寺の記録にもこの像のことは記されていて、それによると作者は勢増、仁増であるという。 もと南大門安置、豊臣秀頼による醍醐寺復興にあたって修理され、以後現在の仁王門に置かれている。

醍醐寺緑の紅葉

2015/10/17 10:27:24

醍醐寺緑の紅葉

西大門の中に入ると鬱蒼とした緑の紅葉が広がっていた。

元慶寺へ向かう街道沿いの地蔵さん

2015/10/17 11:03:01

元慶寺へ向かう街道沿いの地蔵さん

醍醐寺から元慶寺へ向かう街道沿いには化粧が施された地蔵がたくさん祭られていた。

元慶寺山門

2015/10/17 11:16:05

元慶寺山門

細い道の先にあるのが元慶寺の山門である。西国三十三ヵ所札所では見かけないタイプの山門で竜宮城チックな山門です。

元慶寺本堂

2015/10/17 11:18:37

元慶寺本堂

元慶寺は西国三十三ヵ所巡礼を再興させた花山法皇が19歳の時髪を剃り、仏門に入ったお寺である。
花山法皇は藤原兼家、道兼父子の策略によりたった2年で天皇退位に追い込まれ、このお寺に出家させられたという。
その後、花山法皇は書写山の圓教寺へと修行に向かったが、この事件がなかったら西国三十三ヵ所巡礼が復興されることはなかったかもしれない。

花山洞

2015/10/17 11:39:21

花山洞

山科と京都を隔てる東山を潜る花山洞を通る。

いわく因縁つきの隋道で不気味な空気が漂う、まあ夜には絶対に通りたくない道ですね・・
ここを越えて京都にいたり、大坂までかえって行きました。