泉州の花街道を巡る。

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プロフィールマップ

GPSログ解析

開始日時2019/04/07 07:46:33終了日時2019/04/07 12:17:42
水平距離63.05km沿面距離63.07km
経過時間4時間31分09秒移動時間3時間57分32秒
全体平均速度13.96km/h移動平均速度15.86km/h
最高速度45.97km/h昇降量合計436m
総上昇量218m総下降量218m
最高高度128m最低高度1m

レポート概要

前回20196/3/31に 泉州の花街道を巡る を記録したけど時期早く三歩咲であったので再度訪問して満開のレポを再作成した。

日本の花見は奈良時代の貴族の行事が起源だといわれる。 奈良時代には中国から伝来したばかりの梅が鑑賞され、平安時代に桜に代わってきた。 ... また、『作庭記』にも「庭には花(桜)の木を植えるべし」とあり、平安時代において桜は庭作りの必需品となり、花見の名所である京都・東山もこの頃に誕生したと考えられている。(Wikipedia)

いずれにせよこのシーズンはあちらこちらで花見の催しが佳境になる。気温も上がってバイクでブラブラするのには良い季節である。
満開の街道沿いの花の綺麗な所を巡ってみた。

花見をする人たちは みんな 幸せそうであり 花見の文化がある日本に生まれて良かったと思う今日この頃です。

写真レポート

紀州街道沿いの花

2019/04/07 08:05:36

紀州街道沿いの花

西湊の紀州街道沿いの古い町家の軒先には綺麗な花が植えられていた。



堺の原風景 風車 と桜

2019/04/07 08:08:02

堺の原風景 風車 と桜

堺市立新湊小学校の横 紀州街道 沿いに 堺にかつて沢山(無数)在った、風車が展示している。
その横には桜並木が満開であった。



紀州街道沿いの菜の花と桜

2019/04/07 08:13:58

紀州街道沿いの菜の花と桜

明治期の中頃までは紀州街道沿いに店を構える事は商売人のあこがれでもあった。
だからと云うわけでも無いだろうが、古い街道沿いの住人は非常に街を美しくする事を誇るような感覚がある様子である。



浜寺公園の桜

2019/04/07 08:23:14

浜寺公園の桜

浜寺公園は、1873年(明治6年)に、公園として指定された大阪でもっとも古い公園のひとつ。毎年3月下旬から4月中旬にかけて、カワヅザクラに始まってソメイヨシノ、オオシマザクラ、ヤエザクラと順次開花していきます。
この日は満開でバーべキュー用の道具を積んだ老若男女が台車を押しまくっていました。



岸和田城と桜

2019/04/07 09:00:44

岸和田城と桜

見事です何も云う事はございません。

戦災でやられず、江戸時代の街並みと街道風景が残る貴重な文化遺産。



津田川の桜並木

2019/04/07 09:08:28

津田川の桜並木

ここはその昔、年貢減免の嘆願をして刑死した庄屋が刑を執行された場所。

云わゆる 義民となった人物の魂を鎮魂するかの要に桜が咲いていた。




水間寺

2019/04/07 09:49:23

水間寺

厄除け橋と桜 蕎原川(近木川)沿いは桜が美しい。



旧外環状線

2019/04/07 09:57:20

旧外環状線

旧外環状線に沿って桜並木がきれい。



外環沿いの花

2019/04/07 09:59:31

外環沿いの花

水間寺から久米寺方面へ抜ける旧外環状線の小ピークにはレンギョウとゆきやなぎがきれいに咲いている。



岸和田菜の花と田園風景

2019/04/07 10:17:01

岸和田菜の花と田園風景

岸和田は少し山側へ入ると途端に牧歌的な風景が広がる、菜の花に桜 田舎の小径。

遠く



岸和田 ニコニコ地蔵尊と桜

2019/04/07 10:20:45

岸和田 ニコニコ地蔵尊と桜

道路沿いの公園にあるニコニコ地蔵尊頭の上には見事な桜が満開。



久米池の桜 

2019/04/07 10:26:37

久米池の桜 

重源が勧進して作った人工池 久米池 の畔には桜が植えられていて市民の憩いの場所となっていた。



久米寺の桜 

2019/04/07 10:29:12

久米寺の桜 

その人工池久米池を管理するために作られた久米寺泉州の桜の名所でもある。



ザビエル公園の桜 

2019/04/07 11:58:11

ザビエル公園の桜 

中世ザビエルが堺に上陸したころは、ザビエル公園の辺りが湊であった。今はかつての環濠都市の堀であった内川に沿った桜並木と共に堺の桜の名所となっている。



内川橋の桜

2019/04/07 12:05:58

内川橋の桜



内川橋の桜

2019/04/07 12:05:58

内川橋の桜

桜並木から北へ100メーターほどで七道駅がある。
駅前には明治33年(1900年)にチベットに入り、経典などを持ち帰った河口慧海の像があったり、北側には「放鳥銃定限記」の碑があります。鉄砲伝来は1543年と歴史で学びましたが、堺の商人「橘屋又三郎」がいち早く、種子島から鉄砲の製造技術を伝えたとのこと。近くには鉄砲鍛冶屋敷が残り、鉄砲町の名があります。堺浜に鉄砲の試射場があったということで、鉄砲の威力が碑に記されています。

中世の堺は世界に環たる最先端都市であった。



内川橋の桜

2019/04/07 12:07:34

内川橋の桜

堺の内川はかつて堺が環濠都市であったころの堀の跡である。
僕らが子供の頃(S40-50年代)は人々に顧みられずホントに酷いどぶ川でした、この場所も同級生と戦艦のプラモを造って浮かべに来ていましたが、臭くて適わなかった記憶が残っていますが。今ではこんなに綺麗になっていました、近所の人たちが弁当を持って幸せそうに桜を眺めている、人口の流水河川で子供達が小さなおもちゃの船を浮かべていた。